昨日、プールの帰りに「からし菜」をいただき、簡単なレシピまで教わった。

 吹けば飛ぶような乾雪が、うっすらと積もる朝です。外気温度は氷点下でしょうね、ジンジンと手足が冷える中をミシェールと朝歩きをしてきた。今朝も元気が嬉しい。
 昨日、プールの駐車場で何時も同じクラスで泳いでいる女性から、「からし菜を食べますか」とビニール袋に入った「からし菜」をいただいた。
 その方は最近、定年退職で金沢から戻って来られたそうで、「金沢の市場で買った物です。そこで調理の仕方を教えてもらいました」と、美味しくいただく「湯がき方」まで教えて下さった。
 今晩の夕食は、木綿豆腐と豚肉と卵黄とで「からし菜」を炒めましょう。また酒量が増えなきゃいいが。
 風采の上がらない愛想も良くない爺に、恐らくはボクが独り暮しだと聞いて、同情して下さったのでしょう。ボクにはお返しするものが何もなくて申し訳ない。そのうち「音楽はお好きですか?大きな犬は平気ですか?」とお聞きして、わが家にお招きしてみますか。
 これを機会に「べジタリアンに徹底する」と決めて、野菜などを簡単にスライスできるとTVでやっていた、「スライサー」をインターネットでオーダーした。これで野菜が不足し勝ちな食卓に、野菜サラダが頻繁に登場することでしょう。
ボクが読む度に元気を貰うヘッセの著作から、こんな素敵な手紙を発見しました。1955年7月、友人ハンス・バイヤーに送ったものでヘッセ78才。亡くなる5年前の手紙です。
 「・・・・私は死を嫌ってはいませんし、恐れてもいません。妻や息子たちを除けば、だれとの、また何とのつきあいが最も頻繁で親密であるかと考えてみれば、それは死者たちばかりということになりましょう。あらゆる時代の死者たちー音楽家、詩人、画家たちです。彼等の本質は、その作品に凝縮されて今なお生き続けており、私には同じ時代を生きているほとんどの人よりも、はるかに実在感があり現実的であるのです。それから、両親や兄弟姉妹、若い頃の友人たちといった、私が自分の人生で出会い、愛し、「失った」死者たちについてもおなじことです。−彼等は生きていた頃と同じように、今日でも私と私の人生の一部であり、私は彼らのことを考え、彼等のことを夢に見、日々の生活に組み入れています」。
 だから、「死との関係は、妄想でも愛らしい幻想でもなく、現実のもので、私の人生の一部です」と続きます。
     
 ボクはヘッセがこの手紙を書いた年より、2年老いて今あります。「死がついそこまで来ているな」と感じる毎日ですが、死を恐ろしいともイヤだと思ったことはありません。ヘッセが言うように死者がボクの中に生きているように、やがてボクも、生きている家族や友人の生活の中に組み入れられ生き続けるに違いない、と思うからです。
 命ある限りは「生きていたいな」。生ける屍のように生存しているではなく、「真に生きていたいな」。