真空管アンプの話を続けましょう。


 朝早くからSP周辺の整理をして、一息つくと11時を過ぎている。真空管アンプから流れる、全身が包み込まれるような『モーツアルト:コンサート・アリア』を聴いた。
 ここ3,4日と言うもの、真空管アンプを迎入れるため部屋の模様替えに没頭して、兵糧が底をつき冷蔵庫がカラになっている。午後にはショッピングに出掛けなくてはならない。
 芦屋から福井へ移り住む時、不用になった音響関係の部品を処分してしまったが、こうして真空管とのお付き合いが始まってみると、「あれは残しておくべきだった」と臍を噛むものがいくつもある。SP切替装置がそう。クォードのコンデンサー・SPとタンノイのウェストミンスター・SPを切り替えながら聴いていたが、今またその切替装置が必要になった。数万円をしたものだった。新品同様の双3極管など、アンプ作りをする近所の学生にくれてやったが、「残して置けよな」。
 モーツアルトが終わって、ボクの宝物の一つである、シュタルケルが弾く「コダイ:無伴奏チェロ・ソナタ作品8」を取り出した。福井へ来て17年になるが、一度も聴いた憶えがない。「松脂の飛ぶ音が聞こえる」と言われた一世を風靡した名録音である。55〜6年も前、薄汚い下宿の2階で、何度も何度も悪餓鬼連中と聴いたレコードである。
 微かな針音がして懐かしい雄大なチェロの音が流れて来た。ステレオ録音の黎明期の、モノーラル極致の名録音である。下宿の直ぐ下を走る京都市電の音も耳に入らず、固唾を呑んで耳を澄ましたレコードである。
 魂の底から揺さぶられる感動に、老いの目に熱いものが溢れキーボードが打てない。