時雨れて寂しい山里で、モーツァルトを聴きながらルソーを読み、いえ、ルソーを読みながらモーツァルトを聴いてます。

 起床6時の室温11℃、堪らずエアコンに通電する。この冬初めてのことである。寒いので蜂蜜入りのホットミルクにして朝食を済ました頃から、霙混じりの雨となる。
 昨日着いたばかりの、「ルソー:孤独な散歩者の夢想」の新訳"Rousseau : Reveries of the Solitary Walker"(OXFORD WORLD'S CLASSICS) を広げる。何度も読み返した岩波文庫の訳本が薄汚れて醜くなったので、新調するなら英訳本に適当なものがないか検索すると,今年になって新約されたものが OXFORD から出版されていた。フランス語の読めないボクは、英訳本で辛抱するしかない。

「ルソーを読むなら何を聴きましょうか」と思案したが、思いつくものがない。かつての友人たちの執拗な陰謀と攻撃、不当な迫害、さらには大衆の憎しみに矢折れ力尽きた後に訪れた、「諦観」とでも言うべきものを書き綴った本書に、相応しい音楽などボクに選び出せるわけがない。
 「こんな時は天上の音楽か」と、『モーツァルト全集』から『ホルン五重奏曲』を取り出した。あっら不思議、ルソーとモーツァルトが完全に一つになった。海老沢敏さんは「モーツァルトは小鳥の精の生まれ変わりではないか」と言うが、ボクは「天衣無縫」という言葉はモーツァルトのためにあり、モーツァルトに天上の隅々まで翔る天使の姿を見る。
 ルソーも天使になったのか!?
 『ホルン五重奏曲』と『オーボエ四重奏曲』、両方あわせて40分足らずの曲だが、ルソ−を読みながら耳を澄ましてモーツァルトを聴き、モーツァルトを聴きながらルソーを読み、"First Walk","Second Walk" を読んでしまっていた。時々は目を上げてモーツァルトを聴き、また目を落してルソーを読んで、ボクの中でモーツァルトとルソーが同時進行しているのだ。こんな不思議な経験は初めてのこと。