「行きずりの犯罪」の捜査に、監視カメラが大いに効果があった?怖いなぁ!

 5月21日の東京メトロ渋谷駅構内の刺傷事件の容疑者が、23日には逮捕されたとか。この種の行きずりの犯行の犯人逮捕は容易なことでないが、今回は地下鉄構内の随所に設置された「監視カメラ」によって、電車を乗り継いだ逃走経路まで事細かく追尾でき、さらにまた監視カメラが捕らえた容疑者の映像を見た一般市民からの通報もあって、早期の容疑者逮捕に繋がったそうな。
 行きずりの無慈悲で理由なき犯行の再発防止のために、容疑者の早期逮捕は喜ばしいことに違いないが、日本中の至るところに設置されている監視カメラの怖さを知ることでもあった。
 人のいるところには必ずと言っていい程、行動が監視され記録され保存されているが、こんなことが当り前のように行われるようになったのは何時の頃からだろう。街を歩いている時も、買い物をしたり電車に乗っている時も、誰かからボクやアナタの行動が監視されているなんて、不愉快にして人権侵害もいいとこ。
 今回のようなことがあると、監視カメラの効用が大きく捉えられ「もっとカメラを」と、監視カメラの設置に弾みがつくと思えば悲しくなる。
 もう一つ気になることと言えば、近頃マス・メディアには、容疑者と目される人物の顔写真が簡単に掲載されるようになっていないか。捜査当局が証拠を固め逮捕に踏み切ってから顔写真は掲載すべきで、今回のように監視カメラに写っていたというだけで、その全身像が判る映像を流すのは、その人権を著しく侵害した行為と言えないか。(警察関係者が容疑の場合は顔写真が映し出されることは全くないが、これはマス・コミと警察との蜜月関係の表われでしょうな)
 更に反社会的なことを言うようだが、TVで流された監視カメラの映像を見て「この人知っている」と、タレこむ人には満々の自信があったのか?「他人の空似と言うこともある」と、何度も吟味した上でのことか?「自分の発言が人を罪に陥れることになる」という、コトの重さを自覚した上でのことか?
 容疑者の周辺にいる人に、節操なくマイクを突きつけるマスコミの不見識にはウンザリするが、そのインタヴューに答え臆面もなくペラペラと人物評価をする人を見れば、「日本人の人情、コレ程までに薄っぺらなものになったか」と慨嘆するのは、ボクだけだろうか。