79才にして女を恋ふる記(2)

 知人も親戚もいない土地で、国土地理院の地図と磁石を持って、ボクの希望に適う土地を探し回った。そこは町村合併によって今は福井市となったが、以前は福井県足羽郡美山町と言った。町営の温泉宿に2週間は泊り込んだかな、『南が開けて日当たりが良く、北は北風が吹き込まない山裾で、東は朝日が差し、西は西日をさえぎる木立があり、近隣の民家とは近からず遠からず、生活道路に面した静かな山里』と言う条件の土地を探し回った。土地勘の無い相談相手もいない所で、今にして思えばよく頑張ったものである。
 美山町にはログハウス・ビルダーがあって、「この地でログハウスを建てるつもりでいる。ボクが町内を探して条件に適う土地を見付けたら、その地主との土地交渉をして欲しい。間違いなく君の会社でログハウスを建てるから」と依頼。
 会社は二つ返事で承諾してくれたが、ボクの意中の土地は容易に見つからなかった。やっと探し当てた土地は人には売らないとか、不在地主で行方が分からないとかで、紆余曲折の結果、道路に面した杉林を伐採して宅地とすると決まったのは、1年も経ってからのことであった。
 土地交渉が難渋する間、俄か勉強のポン知恵でログハウスの設計を進めたが、書いては消し、消しては書いての繰り返しで、信州辺りにログハウスが多いと聞いて、八が岳の山麓にある別荘などを訪ね、随分参考にさせてもらった。
 設計の最大のポイントは、『音楽を聴くための、天井が二階まで吹き抜けている、三十畳を超えるリスニング兼リビングルームがあること』であった。
 それはボクの積年の夢だった。長い間、狭くて天井の低い社宅やマンションに巨大なホーン型のスピーカを持ち込んで、スピーカの中に首を突っ込むようにして聴いていたが、狭い空間を占有し大音響で聴くので家族から不評を買い、いつも身を縮めて聴いていたものである。
 とうとう、誰に気兼ねもせず豊かな空間の中で、悠然と音楽を楽しむというボクの夢の実現である。
 杉林200坪を信じられないような安値で購入。ボクの拙い設計図は建築士から少し手直しされたが、32畳大の天井吹抜けのリスニング兼リビングルームを持つログハウスは、平成6年4月着工の運びとなった。家の着工から完成までを見届けたいと、建築現場から2キロほど離れた空家を借りて、着工1ヶ月前の平成6年3月に芦屋から移り住んだ。
 友人が言う「小さな教会の聖堂みたいな家」を、恥ずかしながら紹介しましょうか。