79才にして女を恋ふる記(5)

 2006年3月ミシェールが来てから、日本に留まり世間とも没交渉の独り暮しを始めて7年になる。
 訪ねて来るのは郵便や宅配便のデリバリーぐらいなもの。人と話をしないで過ぎる日が何日もあるが、静寂な林の中に音楽があり本があり、毎日を妻の思い出と共に生きるなら他に何を望むかと、「終の棲家」で孤独に暮らすことこそ「ボクの最期を飾るに相応しい」と思って今日まで来た。
 2,3年は「あっと」思う間に過ぎ去り、亡くなった妻が何時もボクの側にいて話し掛け慰めてくれて、たまに来る同級生からは「こんな所に独り居て、寂しかないのか」と言われるが、寂しいなどと思ったことは一度もなかった。
 ところが何時頃からだろうか、ゼミで一緒だった学友から「二周り若い女性と再婚したよ」と言う便りを貰ってからであろうか、近くのプールで老老男女と一緒に泳ぎ始めてからであろうか、それとも何時も同じ時間に通るプールからの帰り道で、手を取り合った仲睦まじい老夫婦の散歩姿を見るようになってからであろうか、訳も知れず人恋しくなって、独りで居るのが遣る瀬ないのである。
 ボクや息子たちのために自分の命を磨り減らして尽くしてくれた妻を、悲しませたりすることがあってはならないと自らに言い聞かせて、今日まで女性に目もくれず生きて来た。
 そんなボクが80になろうとする今、一緒にコーヒーを飲み、弾く人のいない我が家のピアノを弾き、手を握り合ってそこいらを散策し、抱き締めてダンスをしたり、暖かくて柔らかな女性の肌を恋しいと思うのは、一体どうしたというのでしょう。
 そんな感情とは、とっくの昔に「おさらば」したつもりが、今頃になって沸々と抑え難いのは何故でしょう!?