「唱歌集」を広げ口ずさめば、我知れず涙が流れるのですよ(5)
今日、1月16日はボクの80才のバースディ。両親共に60になるか、ならない年で亡くなったと言うのに、とうとう80までボクは何の顔あって、生き永らえているのでしょう。朝から晴れ渡った空の下、雪も消えてカラカラに乾燥した道路をミシェールと歩いてきた。
昨日、プールで何人かのインストラクターから「誕生日おめでとうございます」と祝福されたが、「『憎まれっ子、世に憚る』と言われるように、往生際悪く80まで生きて恥ずかしいですよ」と言うと、「とんでもない。健康管理に気をつけている、なによりの証ですよ」と持ち上げられた。職業柄、アスリートたちは「殺し文句」を心得ているのだろう。
ボクは中学3年の時、好きな女の子が合唱団にいたので、一緒になって蛮声を張り上げた。その頃、いろんな曲を合唱したけど、未だに忘れられない歌がこれ。
『故郷(こきょう)を離るる歌』
一 園の小百合、撫子、垣根の千草。
今日は汝(なれ)をながむる最終(おわり)の日なり。
おもえば涙、膝をひたす、さらば故郷(ふるさと)。
さらば故郷、さらば故郷、故郷さらば。
二 つくし摘みし岡辺よ、社(やしろ)の森よ。
小鮒釣りし小河よ、柳の土手よ。
別るる我を憐れと見よ、さらば故郷。
さらば故郷、さらば故郷、故郷さらば。
三 此処に立ちて、さらばと、別れを告げん。
山の蔭の故郷、静かに眠れ。
夕日は落ちて、たそがれたり、さらば故郷。
さらば故郷、さらば故郷、故郷さらば。
これは「ドイツ民謡」だと教えられた。ニキビ面の腕白な中3が、センチな気分になって神妙に歌ったものである。歌った後、しばし音楽室に静けさが漂って、何とも落ち着いた雰囲気が流れたことを思い出す。音楽に酔い痴れていたのでしょうね。これぞ音楽の力。
未だにボクは音楽に囚われの身で、音楽のない日々なんて考えられずにいる。